
配偶者の不貞行為(不倫・浮気)が発覚したとき、心の平穏は無残にも崩れ去ります。その計り知れない精神的苦痛に対して、金銭的な賠償を求めるのが「不貞慰謝料請求」です。
一方で、不貞行為の当事者となってしまい、突然高額な慰謝料を請求され、どう対応すべきか途方に暮れている方もいるかもしれません。
不貞慰謝料の問題は、感情的な対立が激しくなりがちですが、最終的には法的なルールに則って解決が図られます。感情論だけで行動すると、本来得られるはずのものが得られなかったり、支払う必要のない金額を支払ってしまったりする危険があります。
この記事では、不貞慰謝料を「請求する側」と「請求される側」、双方の視点から、必ず知っておくべき4つの重要ポイントを詳しく解説します。
ポイント1:慰謝料の相場は「離婚するか否か」で大きく変わる
まず理解すべきは、慰謝料は「このくらい請求したい」という希望額ではなく、過去の裁判例などから形成された「相場」が存在するということです。その最大の基準となるのが、不貞行為によって婚姻関係がどうなったかです。
夫婦関係の結果 | 慰謝料の相場 | なぜこの金額か? |
婚姻を継続する | 数十万円~100万円 | 最終的に夫婦関係が修復・維持されたため、受けた精神的苦痛は(離婚する場合に比べ)限定的と評価されやすい。 |
離婚 | 100万円~200万円 | 不貞行為が原因で家庭が崩壊するという最も重大な結果を招いたため、精神的苦痛は極めて大きいと評価される。 |
さらに高額になる「悪質なケース」(300万円程度~)
上記の相場はあくまで目安です。以下のような事情がある場合、精神的苦痛がより大きいと判断され、相場を超える金額が認められることがあります。
- 不貞行為の期間が長い、回数が多い
- 不貞相手が妊娠、出産した
- 請求者(サレた側)が精神疾患(うつ病など)を発症した
- 不貞配偶者や不貞相手の態度が極めて悪質(反省がない、暴言を吐くなど)など
【請求する側の視点】 相場を理解し、自身のケースがどの程度か客観的に把握しましょう。相場を超える請求をする場合は、上記の「悪質なケース」に当たる事情を具体的に主張・立証する必要があります。
【請求される側の視点】 提示された金額が相場から逸脱していないかを確認する重要な判断材料です。不当に高額な請求に対しては、相場を基に減額交渉を行うことができます。
ポイント2:請求の成否を分ける「証拠」の有無と質
慰謝料請求で最も重要なのが、「不貞行為(肉体関係)があったこと」を証明する客観的な証拠です。相手が「会っていただけ」「食事をしていただけ」と否定した場合、証拠がなければ請求は認められません。
【有効性が高い証拠の例】
- 肉体関係があったことを直接示すもの(決定的証拠)
- 性交渉の場面を撮影した写真や動画
- 肉体関係を強く推認させるもの(有力な証拠)
- ラブホテルに出入りする写真や動画(複数回あるとより強力)
- ラブホテルの領収書、クレジットカードの利用明細
- 「昨日は気持ちよかった」「次はいつ会える?」など、肉体関係を推測させるLINE、メール、SNSのやり取り
- 不貞を認める会話の録音データ
- 不貞の事実を認めた念書や合意書
【請求する側の視点】 感情的になって相手を問い詰める前に、冷静に証拠を確保することが最優先です。言い逃れができないよう、複数の証拠を組み合わせることが理想的です。
【請求される側の視点】 相手がどのような証拠を持っているか不明な段階で、安易に嘘をつくのは非常に危険です。後から決定的な証拠を出された場合、立場は著しく悪化します。証拠が不十分だと思われる場合は、その点を指摘して争うことも可能です。
ポイント3:不貞相手の「既婚者という認識(故意・過失)」
慰謝料を不貞相手に請求する場合、法的には「相手が既婚者であると知っていた(故意)、または少し注意すれば分かったはず(過失)」という要件を満たす必要があります。
- 「故意」が認められやすいケース
- 職場が同じで既婚者だと知っていた
- 共通の知人から既婚者だと紹介されていた
- SNSなどで家族との写真を見ていた
- 「過失」が認められやすいケース
- 結婚指輪をしていた
- 週末や夜間、長期休暇に全く連絡が取れなかった
- 「独身だ」と嘘をつかれていたが、言動に不審な点が多かった
不貞相手が「独身だと聞いていたし、そう信じるしかなかった」と主張し、その主張に無理がないと判断された場合(例:マッチングアプリで独身と偽られ、巧妙に騙されていた)、慰謝料請求が認められない可能性もあります。
【請求する側の視点】 相手の「知らなかった」という言い分を覆すため、「知っていたはず」「気づくべきだった」という状況証拠を集めることが重要になります。
【請求される側の視点】 本当に知らず、知らなかったことに落ち度がないと主張できる場合は、慰謝料の支払義務を免れる可能性があります。ただし、その立証は容易ではありません。
ポイント4:知っておくべき相手からの反論(抗弁)リスク
慰謝料を請求された側は、支払いを免れたり、減額させたりするために、法的な反論(抗弁)をしてくる可能性があります。代表的なものを知っておきましょう。
① 婚姻関係破綻の抗弁
「あなたの夫婦関係は、私と不貞関係になる前から既に破綻していた。したがって、私が壊した『守られるべき平穏な婚姻生活』は存在しない」という主張です。 これが認められると、慰謝料の支払義務そのものがなくなります。ただし、「家庭内別居だった」「セックスレスだった」という程度では破綻とは認められにくく、長期間の完全な別居など、客観的に誰もが夫婦関係の継続を期待できない状態であったことが必要です。
② (不貞配偶者による)弁済の抗弁・求償権の問題
不貞行為は、不貞配偶者と不貞相手の二人による「共同不法行為」です。そのため、慰謝料の支払義務も二人が連帯して負います。
- 弁済の抗弁: 請求者が、既に不貞配偶者から慰謝料を受け取っている場合、不貞相手は「損害は既に賠償されている」として、支払いを拒否できます。
- 求償権: 不貞相手が慰謝料を全額支払った場合、その不貞相手は、共同責任者であるあなたの配偶者に対し、責任の割合に応じた金額を請求する権利(求償権)を持ちます。これを背景に、不貞相手から「(あなたの配偶者への)求償権を放棄するなら、減額に応じます」といった交渉を持ちかけられることもあります。
【請求する側の視点】 「婚姻関係破綻」を主張されないよう、不貞発覚前は円満だった証拠(家族旅行の写真など)を意識しておきましょう。また、不貞配偶者と不貞相手のどちらに、どのように請求していくか、求償権の問題も踏まえた戦略が必要です。
【請求される側の視点】 これらは、自身の法的責任を軽減するための有効な反論となり得ます。特に、相手の夫婦関係が本当に冷え切っていた場合や、不貞配偶者が既に相応の金銭を支払っている場合は、積極的に主張すべきポイントです。
まとめ:感情的な対立を避けるために
不貞慰謝料の問題は、ここまで見てきたように、法的に複雑な要素が絡み合います。当事者同士で交渉すると、感情的な対立が深まり、本来解決できるはずの問題もこじれてしまいがちです。
- 請求する側は、確実な証拠を基に、法的な根拠を持って冷静に請求すること。
- 請求される側は、自身の法的責任の範囲を正確に理解し、不当な要求には的確に反論すること。
どちらの立場であっても、一人で抱え込まず、早い段階で弁護士などの専門家に相談することが、最善の解決への一番の近道です。あなたの正当な権利を守り、新たな一歩を踏み出すために、専門家の力を借りることを強くお勧めします。