あの時、女性に不審に思われたかもしれない」「後日、警察に呼び出されたり、逮捕されたりするのではないか」──盗撮を疑われかねない行為をしてしまった方から、当事務所にはこうしたご相談が数多く寄せられます。
このような相談で厄介なのは、不安に駆られるあまり、数人の弁護士に電話で相談し、ネットでも自分の状況に類似し、悪い結果(逮捕など)事例ばかりを検索し、かえって疑心暗鬼に陥ってしまうケースが少なくないことです。中には、体重が落ち、仕事も手につかず、一日中スマホでニュースを追いかけてしまう、という方もいます。
最重要の前提──「発覚リスク」と「処罰・逮捕リスク」は切り分ける
弁護士でも、多くの方が混同してしまうのですが、リスクを検討するうえでの出発点は、次の二つを明確に分けて考えることです。
- 発覚リスク……女性が「不審な人物がいた」と警察に相談・通報するかどうか。
- 処罰・逮捕リスク……仮に発覚したとして、逮捕されたり、実際に処罰されたりするかどうか。
この二つは、まったく別の問題です。
至近距離まで近づいてしまった事案では、発覚リスクはそれなりに高いことがあります。相手が「なんだか気味が悪かった」と感じ、相談に足を運ぶ可能性は、体感で半々程度あってもおかしくありません。
しかし、発覚したからといって、処罰・逮捕に直結するわけではありません。
この二つの間には、後述するとおり、いくつもの「証拠のハードル」が横たわっています。多くのネット記事や、具体的分析をしない相談対応は、この二つを一緒くたにして「捕まるかもしれない」と語ってしまうため、不必要に不安を煽る結果になっているのです。
以下、実際の着眼点を順に見ていきます。
着眼点①──女性は「何を」認識したのか(被害認識のグラデーション)
まず検討すべきは、相手の女性が実際に何を認識したかです。被害の訴え方には、大きな幅(グラデーション)があります。
一方の端には「触られた」「抱きつかれた」「シャッター音が聞こえた」「スマホを差し向ける手が見えた」といった、具体的で直接的な被害の訴えがあります。もう一方の端には「後ろに気味の悪い人がいた」という程度の、漠然とした不審者としての認識があります。この位置づけによって、警察の対応はまったく変わってきます。
ここで一つ重要なのが、女性の「その後の行動」です。人は、はっきり被害に気づけば、それに応じた行動を取るものです。
- 立ち止まって振り返る、後ずさりする、避ける
- 「何してるんですか」と声をかける
- ペースを落とす、走って逃げる
これらの行動がまったく見られず、相手が普通のペースで淡々と歩き続けていたのであれば、それは「被害をはっきり認識していない人の態度」と評価できます。たとえば、片手にスマホを持っていた側と反対側から一瞬振り返っただけ、しかも暗く、距離もあった──という状況であれば、そもそも手元は見えていない可能性が高い。相手が取った行動そのものが、「何を見たか」を推し測る有力な手がかりになるのです。
この着眼点は、後の「被害届が受理されるか」という判断に直結します。
着眼点②──客観証拠(防犯カメラ)は本当に存在し、機能するのか
次に検討するのが、客観的な証拠、とりわけ防犯カメラです。ここは、実務を知っているかどうかで見立てが大きく変わる部分です。
多くの方は「街中なのだからカメラに映っているに違いない」と考えます。しかし、実際には次のような限界があります。
- オフィス街の路上・歩道は、そもそも撮影されていないことが多い。 カメラは自社の駐車場の出入りなどを映すために設置されるもので、無関係な路地や歩道を撮る理由がないためです。
- 深夜帯は条件が悪い。 暗く、赤外線機能がなければ人影がぼんやり映る程度で、それがスマホなのか、手が伸びていたのか、どんな見た目の人物かまでは識別できません。
- 防犯カメラの画質はそもそも高くない。 数日分を録画し続けるため、ビットレートを下げ、画素数を圧縮しています。まして暗所ではなおさら鮮明には映りません。
つまり、仮に現場付近にカメラがあったとしても、「盗撮している決定的瞬間」が鮮明に写っている可能性は、条件次第で相当に低くなります。逆に、商業施設・コンビニ・駅構内など、明るく高精度なカメラがある場所での事案とは、まったく前提が異なるのです。後日大きく報道されるような検挙事例の多くは、こうした鮮明な映像や、第三者の目撃があったケースです。
着眼点③──「特定に至る経路」と、特定は逮捕と同じではないこと
では、現場付近にカメラがなければ安心か、というと、そう単純でもありません。ここで検討するのが、特定に至る経路(いわゆるリレー捜査)です。
女性が「駅の方から歩いてきた男性が近づいてきた」と話せば、警察は女性の動線をたどり、経路上の防犯カメラを順に確認していきます。現場そのものは撮れていなくても、改札や駅構内のカメラは人の出入りを比較的よく捉えています。さらに、交通系ICカード(記名式・モバイル含む)を使っていれば、そこから乗降記録をたどることが可能で、身元の特定につながり得ます。
ただし、ここで「特定」と「逮捕」を混同してはいけません。
特定には時間がかかります。ICカードの照会などを鉄道会社に行い、人物を割り出すまでに、通常1〜2か月程度を要することも珍しくありません。
- そして、特定できたからといって、逮捕できるわけではありません。逮捕には、後述する「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」が必要であり、単に「不審な人物として特定できた」だけでは、その要件を満たさないからです。
「時間が経ってから捕まった事例」を見て不安になる方は多いのですが、それらの多くは、時間をかけて硬い証拠を積み上げられたケースです。証拠が弱い事案は、時間が経っても「特定はできたので呼び出しはするが、必ずしも犯人としての呼び出しではない」というもので止まるのが殆どです。
着眼点④──警察対応の「振り分け」を読む
警察は、相談・通報を受けた際、事案を振り分けています。この振り分けのどこに乗るかを読むことが、リスク検討の中核です。
大まかには、次のように分かれます。
- 被害届の受理……直接的な被害(触られた、手が見えた、その場で確保したが逃走された等)があり、それを裏づける証拠が見込める場合。
- 相談どまり(パトロール)……「不審者がいたので見回ってほしい」という程度の場合。
- 相談だが温度感が高い……被害届までは難しいが、「特定して注意してほしい、結果も知りたい」という被害者の要望が強い場合。
「後ろに気味の悪い人がいた」という程度の申告では、被害届は受理されないのが通常です。警察官の立場からしても、それを裏づける客観的な証拠(目撃・カメラ)がなければ、受理したくてもできません。作り話をする人もいるため、供述だけを鵜呑みにはできないからです。
そして、こうした「不審者」型の相談の大半は、パトロール要請で終わります(体感として8〜9割)。当然、時間が経ってから見回っても対象は見つからず、そこで終結します。特定・注意にまで進むのは、被害者の温度感が高く、かつ盗撮の可能性がある程度うかがえる、少数のケースに限られます。都内であっても警察の人員には限りがあり、「被害とはいえない事案」に大々的なリソースを割くことは、現実には多くありません。
着眼点⑤──「呼び出し」か「強制捜査」かが、証拠の強さを物語る
仮に特定まで進んだ場合、次に警察の出方そのものが、証拠の強さを教えてくれます。
- 警察が硬い証拠(明らかな盗撮映像など)を持っている場合……いきなり強制捜査に踏み切ります。呼び出しではなく、早朝にスマホという証拠が残っているうちに家宅捜索をし、逮捕する、という流れです。なぜなら、事前に呼び出せば証拠(スマホ)を処分されてしまうからです。
- 証拠が乏しい場合……在宅のまま「一度お話を聞かせてください」という任意の呼び出しになります。これは裏を返せば、「令状を取れるほどの証拠がなかった」ことのサインなのです。警察としては、あわよくば本人が自白してくれれば、という期待で呼んでいるにすぎません。
つまり、呼び出しが来たということ自体が、証拠が弱いことの証左と読むことができます。そして重要なのは、一度在宅で呼び出したうえで、後から逮捕に切り替える、という展開は、この種の事案ではまず起きないということです。理由は明快で、逮捕の必要性の中心である「証拠隠滅のおそれ」は、呼び出しの席でスマホを任意提出させてしまえば、ほぼ消滅するからです。欲しい証拠を提出させておきながら、今さら令状を取るのは筋が通りません。別の事件が出てきたといった例外を除けば、この一件だけの捜査で「在宅から急に逮捕」に転じることは、実務上ほとんど考えられないのです。
着眼点⑥──逮捕の要件から逆算する
最後に、逮捕の要件そのものから逆算して検討します。逮捕には、大きく二つの柱があります。
- 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(嫌疑)
- 逮捕の必要性(逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれ)
ここで見落とされがちなのが、この二つには順序があるという点です。まず①の相当な理由がなければ、②をいくら論じても逮捕には至りません。
盗撮事案では、しばしば②の「証拠隠滅のおそれ」が高いことは事実です。スマホという決定的証拠が未押収であれば、「捨てられては困る」という事情は間違いなく存在します。しかし、その前提となる①の相当な理由がなければ、逮捕はできないのです。一瞬しか見られておらず、手元も見えていない、という状況では、そもそも①のハードルを越えられません。
また、「現場から立ち去ったこと」を捉えて「逃亡のおそれがある」と説明されることがありますが、これはやや強引な当てはめです。逃亡のおそれは、走って逃げたのか、それとも普通に歩いて追い抜いただけなのか、定職に就いているか、家族はいるか、前科・前歴はあるか、執行猶予中ではないか──といった様々な事情を総合して判断されます。普通のペースで歩き去っただけであれば、それをもって逃亡のおそれが高いとは、なかなか言えません。
このように、「相当な理由 → 逮捕の必要性」という順序を押さえておくと、細かな不安要素に振り回されずに、リスクの本丸(そもそも嫌疑を基礎づける証拠があるか)を見据えることができます。
対応上の着眼点──なぜ「認めない方がよい」のか
ここまでの検討を踏まえると、対応上の注意点も見えてきます。
多くの方が「認めてしまった方が、不起訴になりやすいのではないか」と考えます。
しかし、証拠が弱い事案では、これはむしろ逆です。
証拠が弱いからこそ呼び出しに留まっているのに、そこで自ら詳細を語ってしまえば、女性の供述と自分の供述が符合し、それまで空いていた証拠の穴を、自分の口で埋めてしまうことになります。まさに墓穴を掘る、というわけです。
「遅かれ早かれ確実に捕まる」という状況(たとえば現行犯的に取り押さえられ、第三者にも見られ、映像も残っている)であれば、自首・自白が有利に働くこともあります。しかし、発覚・処罰の可能性がそもそも高くない事案で自首すれば、発覚しなかったかもしれない可能性を自ら潰し、確実な処罰を招き入れてしまうのです。
取り調べでは、証拠が弱い・不十分なのに「固い証拠があるように見せかける」手法も使われます。「あそこは防犯カメラがあったんだけどな」などと実際にどの程度の撮影がなされていたのか(もしかすると米粒くらいの非常に不鮮明な画像の可能性もあります。)中身を見せずに動揺を誘い、反応を観察する、といったアプローチです。これに対しては、過度に語らないこと、不自然に鮮明な記憶を語らないことが肝心です。
例えば、酔っていて細部を覚えていないのが自然な事案であれば、「その日は最寄りとは違う駅で降りて歩いて帰った気がするが、酔っていてよく覚えていない」という程度の、何もない人の記憶こそが自然なのです。逆に、相手が何を着ていたか、どれだけ近づいたか、といった細部を鮮明に覚えていること自体が、「意識して見ていた」という不審事由になりかねません。
なお、大手事務所のウェブ記事や、片っ端からの電話相談には注意が必要です。
中には、集客や、相談継続サポートサービスへの誘導を目的として、具体的分析を欠いたまま悪いケースばかりを並べ、不安を煽るものも見受けられます。「自首付き添いプラン」等へ誘導する動機が働いている場合もあり、利害が一致していないことを念頭に置くべきです。
まとめ──不安の総量ではなく、証拠の構造を見る
この種の事案でリスクを正しく検討するための着眼点を、改めて整理します。
- 発覚リスクと処罰・逮捕リスクは、切り分けて考える。 前者はそれなりにあっても、後者は証拠の強さ次第で大きく下がる。
- 女性が何を認識したかを、その後の行動から読み解く。
- 防犯カメラの有無・質を、現場の性質(オフィス街か商業施設か、明るさ、時間帯)から冷静に見積もる。
- 特定と逮捕は別物であり、特定には時間がかかる。
- 警察の「振り分け」と、呼び出しか強制捜査かの選択が、証拠の強さを物語る。
- 逮捕は「相当な理由 → 必要性」の順で検討される。前提となる嫌疑が弱ければ、逃亡・証拠隠滅を論じても逮捕には至らない。
不安の総量を膨らませるのではなく、こうした証拠の構造を一つずつ見ていくことが、正確な見立てにつながります。
当事務所では、警察実務にも精通した代表弁護士が相談から事件対応を全て行っております。
過度に恐れ、疑心暗鬼に陥る必要はありません。
当事務所では、どのようなリスクがあるのか、見通しはどうか、弁護士への依頼をすべきか否かなどお伝えできますので、まずは、一度ご相談をいただけたらと思います。