マッチングサイトや出会い系で知り合った相手と、その場の流れで性的な関係(あるいはそれに近い行為)を持ち、和やかに別れた。ところが数日後、突然「強姦された」「あれは同意していない」といった連絡が来て、そのままブロックされた──。当事務所には、こうしたご相談が近年増えています。とりわけ、社会的な立場のある方ほど、「もし被害届を出されたら」「実名で報道されたら人生が終わる」と、強い不安を抱えて来られます。
本稿では、ある相談事例をもとに(関係者が特定されないよう、内容は加工しています)、こうした場面で弁護士がどのようにリスクを見立てているのか、その具体的な着眼点と、取り得る対応を解説します。
はじめにお断りしておきますが、本稿は同意のない性的行為を軽視する趣旨ではありません。同意のない行為は重大な犯罪であり、後述する法改正も、これまで救済されにくかった被害に対応するためのものです。本稿が扱うのは、あくまで「真に合意のうえで行われた行為が、後から事後的な心変わりや誤解によって蒸し返された」と考えられるケースにおける、リスクの見立てです。両者はまったく別の問題として扱う必要があります。
大前提──「犯罪が成立するか」と「発覚・逮捕リスク」を切り分ける
このような相談で最初に整理すべきは、次の二つを分けて考えることです。
- そもそも犯罪が成立するのか……合意があったといえるか。
- 発覚・逮捕リスク……仮に相手が被害を申告した場合に、逮捕・処罰に至るか。
この二つは別問題です。相手が一方的に「被害を受けた」と主張したとしても、それだけで犯罪が成立するわけではありません。そして、仮に被害届が受理されても、それが直ちに逮捕を意味するわけでもありません。以下、順に見ていきます。
まず、現在の法律の枠組みを正確に理解する
2023年の刑法改正により、従来の強制性交等罪・強制わいせつ罪は、不同意性交等罪・不同意わいせつ罪に再構成されました。ポイントは、「暴行・脅迫」があったかどうかだけで判断するのではなく、「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態」でなされたかどうかを問う形になった点です。
法律は、その「困難な状態」を生じさせる原因として、おおむね次のような事情を列挙しています。
- 暴行・脅迫、または心身の障害
- アルコールや薬物の影響、睡眠その他の意識が明瞭でない状態
- 拒絶するいとまがない、予期しない事態への恐怖・驚愕
- 虐待に起因する心理的反応
- 経済的・社会的な地位に基づく不利益を憂慮させること(いわゆる立場の利用)
この改正は、たとえば「酔って抵抗できない状態」や「上下関係を利用された状態」など、従来は立証が難しかった類型を明確にした、という意味を持ちます。
したがって、相手が飲酒していた状況や、明確な拒絶を押し切った状況では、たとえ暴力がなくても犯罪が成立し得ることに、十分な注意が必要です。
裏を返せば、こうした「同意を困難にする事情」が存在しない状況──しらふで、相手が自らの意思で行動し、明確な拒絶もなく、和やかに終わっている──であれば、そもそも犯罪の成立を基礎づける事情に乏しいということになります。
着眼点①──捜査機関は「行為の前後の様子」を重視する
実務上、警察も検察も、行為そのものだけでなく、その前後の様子を非常に重視します。合意をうかがわせる事情が積み重なっていれば、「意思に反していた」という主張とは整合しにくくなるからです。具体的には、次のような事情が着目されます。
- 誘った側はどちらか。 相手を自ら誘い、場所も自分から決めているか。
- 同行の様子。 飲酒がなく、腕を引くなどの強制もなく、横に並んで雑談しながら、自らの足で歩いて向かっているか。
- 室内での様子。 一定の会話を交わし、相手の「やめて」に応じて行為を中断しているか(=相手の意思を尊重している事情)。
- 別れ際。 円満に別れているか。退出時に手をつないでいたり、和やかな雰囲気だったりするか。
- 事後の連絡。 直後に好意的なメッセージを送るなど、被害者の行動としては不自然な事情がないか。
これらが揃っていれば、後から「無理やりだった」と言われても、その主張と客観的な状況が食い違うことになります。捜査機関も、供述の信用性を慎重に吟味することになります。
着眼点②──客観証拠としての「ホテルの防犯カメラ」
見落とされがちですが、ホテルには多数の防犯カメラがあります。出入口、フロント周辺、エレベーター内、客室前の通路など、至るところに設置されているのが通常です。
「無理やり連れ込まれた」という主張があった場合、捜査機関はこれらの映像を確認します。腕を引きずって連れて行く、泥酔した相手を担いでいく、といった映像があれば、被害の訴えを裏づける方向に働きます。逆に、二人が和やかに並んで入室し、退出時に手をつないでいるような映像であれば、「強姦した相手と手をつないで帰るのか」という形で、被害の訴えと矛盾する事情になります。
ただし注意すべきは、映像の保存期間は短いという点です。ホテルによっては1〜2週間程度で上書きされてしまうことも珍しくありません。相手が時間を置いてから申告した場合、本来こちらに有利だったはずの映像が、すでに消えていることもあり得ます。この点は、後述する「対応の選択」にも関わってきます。
着眼点③──「別れ際」と、その後の心変わり
こうした相談の多くは、別れ際が特に不穏でなく終わっているケースです。にもかかわらず、後日、相手が態度を一変させることがあります。
その背景には、言葉に出さないだけで、相手の側に何らかの不満(容姿、やり取りへの不快感など)があり、それをブロックという形で表明している、というケースが少なくありません。送り手にとっては唐突でも、相手の中では理由がある、というわけです。
経験上、こうした「別れた後に不穏な連絡が来る」ケースは、一定の割合で存在します。そのなかで、本当に注意を要するのは、別れ際そのものが不穏だった場合です。たとえば相手が泥酔していて「あなた誰?」といった状態だった、行為の途中で明確に拒絶されていた、といった事情があれば、リスクの評価は大きく変わります。だからこそ、事実関係を丁寧に確認したうえで見立てを立てる必要があります。
どのようなケースが、実際に立件・逮捕されているのか
バランスのために、実際に逮捕・立件されている類型も押さえておく必要があります。報道されるようなケースの多くは、次のような事情を含みます。
- 相手がアルコールの影響下にあり、意識が明瞭でない状態だった。
- 明確な拒絶があったのに、これを押し切った。
- 上司と部下、指導的立場と被指導者など、地位・関係性の影響力が利用された。
- 痴漢や不意打ちのように、予期しない急な行為だった。
これらは、同意を困難にする事情が客観的に存在する類型であり、重い犯罪として、逮捕を含む厳しい対応がなされ得ます。こうした事案と、しらふで、相手が自ら同意し、円満に終わっている事案とは、法的な評価がまったく異なります。自分のケースがどちらに位置づけられるのかを、冷静に見極めることが重要です。
着眼点④──特定には、相応の時間がかかる
直接的な個人情報(氏名・住所・勤務先など)をやり取りしていない場合、相手が申告しても、加害者とされる人物を特定するまでに相当の時間を要します。連絡手段(メッセージアプリ)やサイト登録時のクレジットカード情報などをたどる必要があり、事業者への照会は書面のやり取りとなるため、3か月から半年、場合によってはそれ以上かかることもあります。
したがって、仮に被害届がすでに受理されていても、しばらくは表立った動きが見えないことがあります。「今のところ何も来ていない」ことが、必ずしも「申告されていない」ことを意味するわけではない、という点は理解しておくべきです。
対応の選択肢──「待つ」か「先回りで相談しておく」か
以上を踏まえた対応は、大きく二つに分かれます。
選択肢A:何もせず様子を見る
事実関係からして逮捕の可能性が低い事案であれば、あえて動かず、万一呼び出しがあった段階で説明するという選択も十分に合理的です。動かないことで、藪蛇(こちらから情報を与えてしまい、かえって捜査のきっかけを作る)を避けられる面もあります。呼び出しがあった場合に備え、やり取りの履歴などの証拠を保全し、説明の方針を整理しておけば足りることも多いといえます。
選択肢B:先回りして警察に相談しておく
他方で、不安が非常に強く、それが長期にわたって続くことが健康や仕事に影響しかねない場合には、あらかじめ警察に相談しておく、という選択もあります。「自首」ではありません(犯罪でない以上、自首ではなく、自発的な相談です)。
これには、次のメリットがあります。
- 相手が被害を申告した際に、こちらの言い分と経緯が、あらかじめ警察に共有されている。
- 身元が明らかで、自ら出向いている以上、逃亡・証拠隠滅のおそれが乏しく、逮捕の必要性が低いと評価されやすい。
- 「いつ捜査の手が及ぶか」という不安から解放される。
とりわけ、相手のおおよその居住地域など、どの警察署に相談すればよいかの見当がつく事案では、この先回り相談は取りやすい選択肢です。もっとも、これも一長一短であり、我慢できるのであれば動かないという判断も、十分に「正解」です。どちらを選ぶかは、逮捕リスクの高低というより、ご本人がその不安に耐えられるか、健康を損なわないかという点に帰着することが多いといえます。
逮捕された場合の初動
万一逮捕された場合には、黙秘権を行使するか、あるいは「同意のうえであって、意思に反してはいない」という一点のみを述べ、詳細は弁護士が来てから話す、という対応にとどめるのが安全です。逮捕直後に「連絡したい弁護士はいるか」と尋ねられますので、依頼先の連絡先を控えておくとよいでしょう。
補足──「証拠」と「同意」について
この種の不安を減らすうえで、明確な意思確認と、やり取りの記録の保全は確かに有用です。実際、行為の前後で相手の同意を明確に確認していたり、和やかなやり取りが残っていたりすることが、後の見立てを大きく左右します。
ただし、相手に無断で親密な場面を録音・録画することは、それ自体がプライバシーの侵害等の問題を生じさせ得るため、安易に勧められるものではありません。基本は、言葉と態度で明確に意思を確認し合うこと、そしてメッセージ等の記録をむやみに消さないことに尽きます。
まとめ
合意のうえの行為が、後から事後的に蒸し返される――この不安は、法改正以降、決して珍しいものではなくなりました。しかし、重要なのは、その場の恐怖や不安に飲み込まれず、事実関係を一つずつ検討することです。
- 犯罪の成立と、発覚・逮捕リスクは、切り分けて考える。
- 捜査機関は「行為の前後の様子」を重視する。 合意をうかがわせる事情が積み重なっていれば、被害の訴えとは整合しにくい。
- 客観証拠(防犯カメラ等)は有力だが、保存期間が短い。
- 特定には数か月単位の時間がかかる。
- 対応は「待つ」か「先回りで相談する」か。逮捕リスクの高低というより、ご自身の不安への耐性と健康を軸に判断する。
繰り返しますが、本稿は同意のない行為を擁護するものではありません。「真に同意がなかったのか」という本質的な問題と、「合意のうえの行為が事後的に蒸し返された」という問題を、混同せずに扱うこと──そのために、不安を一人で抱え込む前に、早い段階で弁護士に相談されることをお勧めします。